2008年04月
2008年04月29日
一次元さんお断り
坂道を登りきったところに、その料亭はあった。
創業200年の老舗であり、その門構えには見る人を圧倒させる威圧感があった。
その威圧感をさらに強めているのが、
門の中央に立っている小さな立て札であり、
そこには、
「一次元さんはお断り!」
という文字が書いてあった。
風雨にさらされ、消えかかったその文字が示す「一次元さん」
その意味が、分からないものにとっては、
「お断り」の文字だけが意味のある記号として訴えかけてくる。
この料亭は、こうやって、大勢の人間に門前払いをくらわせ、
200年間もの間、一部の人間にとっての憩いの場を確保してきたのだろう。
さて、その料亭の前を、好奇心の強い男、面堂さんが通りかかった。
「なんだい?一次元さんっていうのは?」
「どうせ断られるんだろうけど、何ていって断られるのか興味があるな。」
「ちょっと入ってみるか」
仲居:お客様、申しわけございませんが、こちらは、一次元さんお断りと
なっておりますが。。。
面堂:知っているさ。私は決して一次元さんではないですよ。
仲居:お客様、では、確認させていただいてもよろしいでしょうか?
面堂:(どうやって、確認するのかな、これで、一次元さんの招待がわかるぞ)
仲居:それでは、こちらにどうぞ。
門の後ろにある小部屋には、振幅10cm、周期12秒で左右に震動する
ばね振り子があった。
仲居:おもりが原点を通過してから、距離5cm進むまでの時間をお答え
ください。
これは、当店で200年間行っている確認方法ですので、失礼をお許し
ください。
面堂:1往復は12秒なんだから、10cm進むのが四分の一の3秒か。。。。
5cm進むのは、その半分だから。。。1.5秒???
でも、まてよ。1次元さんというのは、どういう意味だろう?
仲居:1分以内にお答えいただけない場合は、1次元さんでしたということで、
お帰りいただきます。
面堂:(困ったな。。。何かヒントは??)
面堂さんがあたりを見回すと、
「点は0、直線は1、平面は2、立体は3、思考は4を超える!」
と書いた掛け軸が目に入った。
そうか、1次元さんとは、直線上で考えているということか?
では、2次元(平面)で考えるとどうなるのか??
面堂さんは、振幅10cm、周期4秒の往復運動の代わりに、
半径10cm、周期12秒の等速円運動を考えた。
目の前の往復運動を、円運動の直線に映った影として捉えたのだ。
仲居:「あと10秒です。お答えください」
面堂:(影が5cm進むとき、円運動は60度回転しているから。。)
12×60/360=2秒!
仲居:おめでとうございます。お客様は1次元さんでないことが、
分かりましたので、こちらにお入りください。
面堂さんは、とても爽快な気持ちで、仲居の後をついていった。
そこには、もう一つ、門があり、仲居に続いて通ろうとすると、
仲居:「あ!こちらをお読みください!」
仲居の指し示した先には、古びた立て札があり、そこには、こう書いてあった。
「2次元さん、お断り!」
二項対立を超えて新しい地平を切り開け(2)
「光とは、波動なのか粒子なのか?」
前期量子論のストーリーの最初は、この問題について、物理学者が、
どのように考えて、どのように解決してきたのかを学びます。
結論は、
「光は、波動の性質と粒子の性質の両方を持つ」
ということになるのですが、はじめは、これがなかなか理解できないわけです。
「粒子っていうのは、パチンコ玉のようなヤツでしょ。」
「波動っていうのは、水面波みたいなヤツでしょ。」
なんて考えると、「両方の性質を持つ」という言葉で頭が破綻してしまい
ますよね。
だいたい、粒子が進んでくるときには、パチンコ玉みたいなモノが、
ビューっと飛んでくるわけだし、
波が伝わってくるときには、サッカー場に発生するウェーブのように、
運動状態だけが伝わっていくわけで、
これの「両方の性質を持つ」といってしまうのは簡単だけど、
イメージするのは難しいです。
頭の中では、
「どっちなんだ???」
「光は波なのか?」
「粒子なのか?」
という粒子と波動の2つの分類のどちらかに光を振り分けようとして、
振り分けられずに混乱するのです。
歴史的にも、光は、粒子と波動の合間を揺れ動いてきました。
ニュートンは、日光によってできる影の輪郭がくっきりしていることを根拠に、
「光は粒子だ!」と主張しました。
波動だとすると、回折するので輪郭がぼやけるはずだというのです。
ヤングは、光は波長が短い波なので回折しにくいだけだと考え、間隔の狭い
スリットを用いれば干渉縞ができることを実験によって示しました。
これが、ヤングの実験です。
ヤングの実験によって、「光は波だ!」ということになりました。
マクスウェルは、電磁気の基本方程式の解として、電磁波が現れることを
示しました。電磁波の速度が光速Cであることから、「光は電磁波だ!」と
考えられるようになりました。
ここまでは、調子よく来ていたのですが、ここに来て、大変なことになります。
光電効果の実験は、「光が波だ」と考えると説明が出来ない実験結果を示すもの
として、物理学者の喉に引っかかる骨のような存在でした。
アインシュタインは、「光は粒子的にエネルギーをやり取りする」と仮定すれば、
実験結果をスッキリと説明できることを示しました。
光電効果の実験は、すっきりと説明できたのですが、
ここで困ってしまう事態になりました。
「光ってどんなものなんだ?」
ヤングの実験も、マクスウェルの方程式も、光電効果の実験も、
どれも事実なのです。
それらをすべて包括する「光」とは。。。。
波動なのか。。。
粒子なのか。。。
それとも。。。
二項対立を超えて新しい地平を切り開け
僕だけでなく、大学受験のときに微積分を使って物理を学んだ人の多くが
経験することだと思うのですが、
大学1年生で学ぶ物理が、とても簡単なのです。
最初は、たいてい力学を学びます。
微積分を導入して、力学を再構築していきましょうという内容なので、
すでにその作業を終えてしまっている身としては、
授業で言っていることは当たり前だし、
試験の問題は、勉強しなくても解けるし、
周りの同級生からは尊敬のまなざしで見られるし、
頼られたりするし。。。
と、とても快適な状態になるわけです。
でも、気をつけないと、ここに落とし穴があり、
「あまり勉強をしなくても、物理はできる」
と、勘違いしてしまったりするんです。
(僕も、してました。)
それでも、物理の基本的な考え方が身についているので、
大学2年生までは、試験2週間前あたりから、勉強をはじめて、
友人の間でまわっている、誰が書いたのか分からない授業ノートを見ながら、
ウンウン考えていると、それなりに理解できて、
成績も維持できます。
ところが、3年生になると、突然、それが通用しなくなりました。
その科目は、
「量子力学」
教科書を読んでも、ノートのコピーを見ても分からず、
今までの勉強の仕方が全く通用しませんでした。
単位は何とか取りましたが、
全く理解できないことがショックでした。
数式を見ても、
そもそも、なぜこのような式が立てられるのか?
なぜ、こんな計算をしようとするのか?
計算結果の式が、何を表しているのか?
など、頭の中に「???」が渦巻いて、
前へ進めないのです。
その後、何年間か、苦手意識を引きずったまま過ごし、
あるとき、思い立って一から勉強しなおしました。
すると、大学3年生のときの僕が、
なぜ分からなかったのかが、
やっと分かりました。
量子力学というのは、科学の発展の中でぶつかった大きな壁を、
今までにないやり方で超えたという話なのですが、
当時の僕は、「壁」について、よく分かっていなかったのです。
自分自身が、「壁」にちゃんとぶつかっていないのに、
その解決法を学んでも仕方が無かったのです。
前期量子論と呼ばれる「粒子性」と「波動性」に関する理論を、
時系列に沿って学んでいって、はじめて自分のものとして疑問を
感じることが出来るようになりました。
歴史をたどって、ようやく僕も「壁」にぶつかることが出来たのです。
そして、そのあとに登場した「量子力学」の衝撃を、
やっと感じることが出来ました。
前期量子論を学んだことは、物理を学ぶ方法として、
歴史をたどることの重要性を知ることが出来た点で役立ちました。
物理は、人間が、あれやこれや壁にぶつかりながら、
試行錯誤して作ってきたものなんだなぁと、
思えるようになりました。
量子力学を学ぶのは、それなりに準備が必要ですが、
「前期量子論」は、高校数学だけで学ぶことが出来ます。
次号では、前期量子論のストーリーを書いてみようと思います。


